2019年01月22日

定期テストの過去問は使いません

先日書いた下記の内容、

今年の1年生はすごいわ

を読んでくれた友人から面白い電話がかかってきました。

「定期テストの過去問ってどんな風に使ってる?」

という内容です。

なるほど〜、この内容を読むと世の中の人はそう考えるんだ〜と思うよいきっかけになりました。

大いなる誤解が生まれると嫌なので(笑)、前回の内容の追記として友人に話した内容を書くことにしました。

松明塾では定期テストの過去問は一切使いません。

使うどころか、過去問の収集も保管もしません(一応内容は見るようにしていますが)。

なので、松明塾に「過去問を駆使した定期テスト対策」を期待しても全然期待には応えられません(そもそも過去問もってないので)。

ついでに書いておくと、特殊なテキストも使っていませんし、予想問題も作りません。

要は「テストで点数を取るための特別な対策」は一切やっていません。

理由は非常にシンプルでして。

特別な対策をして高い点数を取ったところで、それ何の意味があるの?

と思うからです。

良い・悪いは別にして、学校の定期テストというのは結構位置づけの難しい試験です。

しっかりとした実力がついていれば点が取れるのは間違いのないのですが、点数が取れたからといってちゃんと実力がついているとは限りません。

これは中学生でも同じですよね。だからこそ、

「定期テストは取れるけれど、北辰が取れない」

なんて悩みも生まれるわけです。

中には過激な人もいて、

「そんな定期テストなどやめて、実力テスト一本勝負にしろ」

なんていう人もいるわけですが、私自身は定期テストは結構肯定派です。

ある程度の期間的な区切りを設けて、定期的に内容のチェックをしていくというのは有益なことですし、子どもたちにとってもその方が頑張りやすい面があると思います。

むしろ重要なのは定期テストをどう位置づけ、どう活用するかだと思います。

松明塾にとって、定期テストは実力を測るものです。

だから実力がちゃんとついている生徒は良い点数を取るのが正しいし、実力がついていない生徒はちゃんと悪い点数を取るのが正しい。

そう考えています。

裏返せば、実力がちゃんとついていない生徒が「特殊な対策」を通して良い点数をとってしまうのは害悪だと思います。

だって、実力ついてないんでしょ?

その原因は、実力がつくような日々を送れていないからでしょ?

だったら、それを修正しなければ何も始まらないじゃん。

仮に実力がついてない生徒が「良い点」をとってしまったら、その子は自分の日々の勉強を改める必要性を感じなくなってしまいます。せっかくの「これじゃダメだ」と思うチャンスを逃してしまいます。

これ、すごくもったいないことなんです。

目の前の安易な「良い点数」なんかより、はるかに価値があることです。

だってそこに気がついて、自分の行動と考えを改めて、「実力がつく毎日」を送るようになれば、次の点数は絶対上がるんですから。更には、その先にある受験にだって繋がっていくんですから。

点数を取ることを目的としていないからこそ、良い点が取れる。受験にも繋がる。これは松明塾にとって非常に重要な柱みたいな考え方です。

今年は特に成績が良いのは以前に書いたとおりですが、個人的にものすごくうれしいことがあります。英語で100点が出るようになったんです(昨年までは英語で100点は出たことなかったんです)。今年だけで、100点が5回でました。

言っちゃ何ですが、高校のテストで過去問で対策して100点って出ませんよ。まるっきり同じ問題が出るなんてことはないんだから。

思うに、定期テストの目的を「良い点数を取ること」においてしまうのがそもそもの間違いの始まりなのでしょうね。

結果が大事。点数を取ることが大事。そのための手段は何でもいい。過去問使おうが何だろうが、点数を取れるのが一番大事。

そうやって、手段と目的が逆転していくから定期テストが悪者になっていくのだと思います。

誤解のないように言っておきたいのですが、僕は「過去問を使って実力以上の点数を取ることはダメだ」と言いたいわけじゃありません。指定校などで評定平均を大事にしたい生徒にとっては、そういう手段を取ることが必要になることもあるでしょうし。

ただ単に、松明塾はそこに重きを置かないし、価値をおかない。あくまでも子どもを育てて、子どもの実力で点数を取り、その先にある受験で真っ当な勝負をしていく。

そういうことなんです。

と…そんな話を友人にしたら、

「言ってることは真っ当だけど、正直俺は怖くてできないわ(笑)」

と言われました。

う〜ん。そうかなぁ。そのツケが高3の受験のときにいっきに回ってくる方が俺はよっぽど怖いけどなぁ。

まぁうちはうち。よそはよそってことで。

posted by たいまつ at 18:17| Comment(0) | 高校1年

2019年01月18日

今年の1年生はすごいわ

毎年この時期になると、1年間の成績の総括をします。

本来は最後のテストが終わった後の3月にやるのが筋なのですが、2〜4月は1年で一番忙しいので(あと、来年度に配布するチラシも作らないといけないので)、この時期にやるようにしています。

松明塾の生徒たちは基本的に成績がよい子が多いので例年非常に楽しい作業になるのですが、今年は楽しいというよりも「びっくりした」の方が正しい感想かもしれません。

というのも、クラス1位〜3位が非常に多いのです。もちろん、昨年だって一昨年だって1位や2位はいたけども、今年は特にその数が多い。

ちょっと面倒な作業ですが、生徒の割合を出してみたところ…本当に驚きました。

英語でクラス1位を取った生徒…37%

つまり、塾生の3人に1人は英語でクラス1位の経験あり!ということです。

数学でクラス1位を取った生徒…45.7%

3人に1人どころか、約2人に1人はクラス1位の経験あり!です。

これを1位〜3位に枠を広げると、当然ですがもっと増えます。

英語でクラス1〜3位に入った生徒の割合…57.1%
数学でクラス1〜3位に入った生徒の割合…60%


塾生の3分の2はクラス3位以内に入った経験があり!ということです。

この数字はちょっと記憶にないですね。いや、うちの子たちホントにすごいわ。

僕は塾の成績・実績について次の2つを指針にしています。

・個々人の成績は個々人の実力を示すもの

・全体の数字は塾の実力を示すもの


どこの塾にもいわゆる「頑張り屋さんの賢い生徒」なんてのはいるわけで、そういう子は別にうちの塾じゃなくても1位をとっちゃったりするものです。だから、

「うちの生徒が学年1位になった!だからうちの塾はすごい!!」

とはなりません。もちろんめちゃめちゃうれしいけども、それを塾の実力と考えてしまうと慢心しか生まれなくなってしまいます。だから個々人の成績はあくまでも「その子の頑張りの成果」と考えるようにしています。

その一方で、どこの塾にも「この子はちょっと伸び悩むかも…」という生徒もいるものです。だけど、その子の成績が伸びない理由を「本人が悪い」としてしまうようでは、その塾は絶対に進歩しません。

だって、この2つを突き詰めたら最終的に出る答えは、

「伸びる子はどこの塾でも伸びるし、伸びない子はどこの塾でも伸びない」

になっちゃうじゃないですか。そりゃおかしいよ。お金もらってんのに。

だから「賢い子の成績」も「伸び悩みそうな子の成績」も全部合算した成績を「塾の実力」と考えるようにしているのです。

だから今回の結果は素直にうれしいですね。

昨年まではここまでの結果が出なかったけど、今年はこれくらいの結果が出た。

それは「塾の指導が一歩進歩した結果」だと思います(自己満足ですが)。

実際、うちの塾は本当に毎年変わる塾です。3年前の生徒がいまの塾を見ても、恐らく困惑すると思います。もしかしたら競合他社の人がこのブログを読んでいるかもしれないけれど、うちの塾を調べてもあんまり意味ないです。どんどん変わっちゃうから。

なぜ毎年変わるかと言えば、そりゃもう前年に悔しい思いをしたからとしか言い様がない(苦笑)。

僕は本当に「仕方がない」って言葉が嫌いなんです。だって「仕方がない」って無敵の言い訳なんだもの。

更に言えば、「仕方がないって」ってのは「どうにかできるだけの意欲と能力が自分にも、仲間のスタッフにも、生徒にもない」ってことを暗に認めるってことでしょ。

もちろん、僕に能力がないこともありますよ。でも、スタッフや生徒自身にも能力がないとは限らない。

現に、僕が指導で伸ばしきれなかった部分を生徒が自力で乗り越えちゃったなんてことは今までだって一度や二度じゃありません。

だから前年にした悔しい思いは、改善して全部翌年にぶつけるんです。だからうちの塾は毎年変わるし、毎年確実に進歩していっていると思います。

非常に面倒くさいこともそれなりにあるのですが、どのメンバーもそういうことが好きなのが幸いですね。

明日はいよいよセンター試験、それが終われば一般入試です。

もうすでに来年の改善点がたくさん出ているのですが、入試の「結果」に関しては悔しさが残らないことを祈るばかりです。

みんな頑張れ!
posted by たいまつ at 19:19| Comment(0) | 高校1年